晒しな日記

いろいろやっては失敗した。借金もできた。覚悟が足りなかった。家族を守るために本気でやり直し。あり方を変えるために恥を晒します。

イエスorノー?

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仕事や恋愛、人間関係において二者択一を

迫られる場面っていろいろあると思います。

 

でも僕は実はこの二者択一が得意では

ありません。

 

最近は適性検査などでもよく使用されて

いますが、もともと変わり者の僕は両極の

問いに対して疑問を持つ癖があったり

第三の答えをその場で作ってしまう傾向が

あるからです。

 

例えのひとつとしては、その中間を

求めてしまいがちだったりします。

 

専門家曰く、もともと僕は折り合いを

つけたり、二択を組み合わせる能力に

長けているようなのです。

 

自覚全くありませんが。笑

 

ですが最近思うことがあります。

日本の方々、二択で苦しんでませんか?

 

そもそも論として『選択しない』という

選択肢が用意されていない気がするのです。

 

僕はそのどちらでもないね。

こう言うと社会から批判される。

必ずどちらかを選ばないといけないよう

誘導されている気がする。

 

そう感じるのはダメなことなのでしょうか。

 

そんなふうに感じながら30年ほど

生きてきました。

 

だめではないんだ、それに気がついたのは

ほんの数年前のことです。

 

議論をする上でどちらかの立場につく。

それは大切なことですし、理解している

つもりです。

 

なぜなら話し合いにならないですもんね。

 

ですが人生を歩む上で選ばないといった

選択をする場面というのは結構たくさん

あるのでは?と思っています。

 

少しタイミングをずらしてからやるとか。

どちらが正しいのか第三者に伺うとか。

 

曖昧だといわれるかもしれませんが

こういった選択を自らする、または

新しい選択肢を自身で生み出すことは

とても重要な考え方だと思っています。

 

もちろん二択から選んで前に進むことも

たくさんあります。

 

僕が変えていきたいのは、与えられた

選択肢の中に自分なりの正解がない場合、

それをはっきりと主張することが認め

られるような文化や環境があまりにも

少ないということです。

 

形上納得してくれていても、表情や態度で

否定されている感が否めないときがよく

あります。

 

その時僕はまるで何か悪いことをしたかの

ような罪悪感に見舞われます。

 

そんなことないだろ!別にいいじゃん。

この文化をもっともっと広めたい。

 

ありがたいことに同調してくれる仲間が

少しずつ増えてきました。

 

まだまだマイノリティかもしれませんが

チャレンジしていきたいと思っています。